| 2003年
3月9日(文責 大極安子)
朝、11時、ホーチミンに向けて定刻どうりの成田発。今回は一人での訪問。小回りがきくメリットはあるけど、恐がりやの私が一人でホテルに泊まるのです。さてさてどうなることやら。
ベトナム航空は、相変わらずのサービスの悪さ。さらに悪くなって、お昼御飯の後すぐに窓を閉めて、スクリーンも裏返しにしてしてしまう。なんだなんだこの暗さは。みんなやることないので、仕方ないので目をつぶっている。プリンプリンの(ベトナム人の)デブパーサーが、ベトナム人の若いねーちゃんと、ずーとおしゃべりしている。かいがいしく動いてるのは、日本人のスッチ−一人。多分パート身分だろうな。彼女になんでこんなに暗くするのと聞いたら、お休みになるかたもいますので、それにあわせましたとのこと。まあ聞いても仕方ないんだけど。要するにベトナム航空の乗客係は、みーんな寝かせておしゃべりを楽しみたいらしい。日本人のスッチ−のおねえさん、一人で頑張ってますね。いかんいかん。一人だとほーんと細かいとこ迄詮索してしまう。偶然、通路を隔てた席に、ピースインツアーの堀江氏が座っていた。14日のアルオイ訪問の添乗員さん。こういうこともあるのだ。名刺を交換。今後ともよろしく。
3月10日
昼過ぎにフエ到着。ホテルに荷物をおいてその足で、キムロン病院の障害児センターのアン医師のもとに。通訳はハンさん。5歳の男の子のおかあさん。4時半には幼稚園にお迎えに行く、素敵な働くママでもある。アンさんには、前回に引きつづいて、タッチセラピーによる皮膚の変化を教える。そして適応症も。皮膚を介して自律神経に作用するので、フエに多い頭痛や、ガスがお腹にたまって食べられなくなる等の症状にいいと話す。アンさん身体を乗り出してくる。アンさんのところにくる患児の7割はそういう症状だと。アンさん植物神経がうまく働かないためと言う。恐らく自律神経の事と思われる。ハンさんに聞いてもいまひとつはっきりしない。もっと話し合いたかったけど時間切れ。
フエに多い頭痛や、ガスがお腹に充満して食べられなくなる等の症状は、フエの気候に由来している。湿度が高く雨が多い。一日のうち、気温が20度近く変動する事がある。真夏と冬が同居している。だから、季節の変わり目は、身体が適応できず、様々な身体症状が出る。ハンさんによると、だからフエ人はみんな痩せているのだと。
3月11日
夜、寒さで目がさめる。成田から着てきたセーターを着て寝る。朝は寒い。ほとんど成田を発った時の格好ですごしている。ハンさんがホテルに迎えにきてくれる。今日は午前中は平和村に。ハンさんが自分の息子の事で、相談してくる。頭にびっしょり汗をかいて、風邪をひきやすいと。やはり自律神経の緊張を感じさせる。タッチセラピーのやりかたを教える。
平和村の職員から、小児はり(タッチセラピー)が効いているかどうか解らないと質問をうける。
皮膚を変化させる事で、自律神経に作用すると。身体の機能が健康な方に修正されて行くと話す。皮膚を変化させる閾値がある。気持ち良い刺激である事と、話が進む。
いつも子どもをリハビリしているスタッフの手はきれいに動く。肌の変化わかるが、すぐ筋肉をさわってしまう。皮膚の違いを確認する。固い、柔らかい。薄い、厚い。乾いている、湿ってるなど。了解するが、やはり筋肉に注意がいってしまう様子。
スタッフから、タッチセラピーの適応の一覧表のようなテキストが欲しいといわれる。次回迄の宿題です。
午後はアンさんの待つ村の診療所に。すでに平和村のスタッフがきて、障害児の相談にあたっている。アンさんタッチセラピーを自分から始める。診断に自信がないとのこと。私が子どもを診て、アンさんに治療部位を指定する。小児はり(タッチセラピー)の適応症が分かった様子。
夜シャワーが出ない。昨日からお湯が出ないけど、直してもらってもダメ。私の部屋は501、フロントは、301の人はまだ帰ってこないので、そこを使えという。エー。人の部屋でシャワーあびるの?40ドルも取るホテルが言う事?安全はどうなっているの?
フエでは日本の10倍で考えて下さい。40ドルは、日本なら400ドルの価値があります。ここのところ、観光客が多く、泊めてやるのだと言わんばかりのホテルもあります。御注意!ちなみにこのホテルはフエのリバーサイドホテルです。センチュリーリバーサイドホテルではありません。新しく出来たリバーサイドホテルです。見てくれはいいけど、肝心のセキュリテイとサービスは三流以下です。
こんなんだったら、あと10ドル足して、ホンジャンホテルにすればよかった。ホテルは安全とサービスが大切ですよね。あー疲れた。
3月12日
朝から子どもの家に。気候が急に変わって、今日は暑い。むしむしと暑い。通訳のセンさんは膝の痛み、子どもの家のディレクターのセンさんは、左肩が揚がらないとのこと。気候の急変も関係していると思われる。千年灸タイプの温灸を持ってきてよかった。手早くつぼをとって、温灸を指示する。
8歳から12歳位の男の子が入れ替わり立ち替わりタムさんの診察室にくる。ここの医師のタムさんは、自信に溢れて子供達に小児はり(タッチセラピー)をする。今日はお腹の痛い子や咳の子が多い。
新しく2月に入ってきた子も来る。以前からタッチセラピーをしている子とお腹のハリが違う。以前からやっている子は、お腹につやとハリがある。タムさんは、時々子供達にタッチセラピーをしているとのこと。新入所の子供達は、お臍の周りに横の一線の筋が入っている。
タムさん一人で10数人の男の子の治療を終えてから、フエに多い咳、頭痛、喉のはれ、食べられない(ガスがお腹を張らせる)などの治療部位について話し合う。ここの特殊事情だが捻挫が多いと。勿論、タッチセラピーが有効だと話し合う。
午後は女の子の治療と言われたがタムさんの部屋に来るのをいやがる子が多い。小学生ぐらいになると、人前で肌をさらす事に抵抗がある様子。各人の部屋で治療を私がすることにする。
まず保母さんの部屋で、アンさんの食事の世話をするフォンさんの膝の治療をする。次々と保母さんが身体の各部の痛みを訴えてくる。先に治療が終わっていたアンさんは、千年灸を自分から皆にやりはじめる。「アイム バクシー(医者)アン」とおどけながら楽しそうに次から次にお灸をしていく。15、6才の女の子が足の痛みを訴えてきた時も、指示すると手際良くすえていく。千年灸のようなタイプのお灸は見た事が無いとのこと。でも、湿気が多く急に寒くなるこちらの風土には、お灸はとてもよく効くと思われる。現に自分の身体で納得したアンさんは、頼まれなくとも周りの人にお灸をすえていく。自分の身体を自分で管理するのはマブベの会の目標の一つ。何とかして千年灸タイプのお灸が常備されるように考えていきたい。
夜、レストランでの食事にも飽きたので、コドーの店の近くの食堂で持ち帰りの弁当を買う。発砲スチロールの容器に入って6000ドン。日本だと60円ぐらいか。安い。満足してふと思う。でもこのゴミどうするのかなと。ゴミの収集車を今回見かけた。凄い勢いで変化するベトナム。近代化に伴う問題はこれから表面化するのだろうか。フエは2004年のフェスティバルに向けて、国の予算をかけて観光化に取り組んでいると。このホテルもその一環で、助成金をもらって、雨後のタケノコの様にホテルやレストランが建設されている。形は整っても、ソフトまでは手が回らず、様々なトラブルがでる。私も昨日体験したが。突貫工事と言う言葉がぴったりのフエ。大好きだった海鮮料理のおばさんの店も道路をきれいにするために取り払われてしまったと。何かが変わる。何かが失われる。フエの人たちの選択。窓の外をツバメが飛んでいる。みんな向上の為に頑張っている。豊かさを手に入れるために。
3月13日
毎朝屋上のテラスで食事する。ホーン河を一望の元に見渡せるテラス。6時頃水上生活者の船に目をこらす。学校に行く子、船の上を走る小さな子ども。小さな船の群れには様々な生活が展開されている。暖かさとなつかしさと。勿論感傷をゆるさないきびしさがそこにはあるのだろうが。しかし、変化はそこにいる事を許さない。観光化の波は、彼らにも押し寄せている。
午前中はハンさんとキムロン病院に。
4人の子どもが来る。てんかんと脳性まひ。てんかんの子は腎臓のあたりの皮膚がどす黒くなっている。薬の影響か。てんかんの薬は無料だとのこと。だが、血液検査をして、身体への影響を調べながらは無理な様子。かなり強く投薬されている様子。飲むと眠ってしまうとのこと。
アン医師はタッチセラピーの適応がおぼろげながらつかめてきた様子。来所した保護者に、子どものタッチセラピー(小児はり)が終わった後、手を使ったタッチセラピーを教はじめる。皆、生活が大変な中、一生懸命来所して少しでもよい治療を受けさせたいとやってくる。どこにも言えない日々の大変さをアン医師に訴える。訴えを聞く事も大切な治療の一環だ。話し終わった親の顔に、ホッとした思いと、はにかんだような微かな笑いがフットよぎる。それが合図の様に治療が終わる。
最後に来た5歳位の脳性マヒの男の子のお母さん、目の周りに殴られたような青あざ、歯も欠けている。入り口付近には、気の弱そうな、やせて小柄な若い男。たぶん夫だろう。何も言わずこちらをチラチラ見ている。一生懸命治療法の説明を聞くお母さんとは対照的に所在なさげに立っている。
全部の治療が終了してからアン医師と今日の患者のことで話し合う。目にあざのあったお母さんの話しをすると、貧しいから殴られたのでしょうと、あっさり言われる。
通訳のハンさんさんが、脳性マヒとてんかんが多いが、親が子どもが病気になっても注意しない、病院に行かないことが大きな要因だと話す。貧しさと悲しみと。
午後は子どもの家に。子供達はみんな地域の運動会の練習に出払っている。保母さんの部屋で保母さんの治療を始める。昨日に引き続き、穴の点をつけると、保母のアンさん、さっさとお灸に点火する。アンさんの様子を見て年長の女の子がよってきてダウダウ
(いたい、いたい)と背中や足をだす。アンさんがお灸する。昨日お灸したセンさんも来て肩をだす。誰かがお灸する。お互いにケアするスタイルができはじめる。お料理のフォンさん、昨日足にいっぱい自分でお灸すえてたけど、今日は頭が痛いと私のびわ温灸を自分でもって頭に当てる。私の指示は聞かないで、自分流。これがいいのという感じ。皆で大笑いする。
夜はイタリアレストランで小山氏と日本人スタッフと食事のはずが、私の部屋が開かない。昨日、シャワーのトラブルで、201に変わったのだが、いきなりドアが開かない。ホテルの人が、ベランダから部屋に入って調べたら、ドアノブが、落ちている。ありていに言えば壊れているのだ。フロントのねーちゃんの話によると以前から具合が悪くてと。つまり私の責任ではないと言いたい事か?冗談じゃない。鍵の悪い所になんで泊めるのよ。ということで、202にうつる。
シャワーをあびて、着替えてゆっくり食事しようなんて甘かった。荷物を移したその足で、タクシーに飛び乗って、ハアハアいいながらレストランに行く。このホテル、以後決して使わな
いと小山氏が決定しました。リバーサイドホテルです。センチュリーリバーサイドホテルは、しっかりしたホテルで老舗でこれとは無関係です。これは、出来たばかりのリバーサイドホテルです。御用心。

3月14日
朝、7時50分にホテルをチエックアウト。迎えに来てくれたラームさんが、ホテルの支配人に対して物凄い勢いでクレ−ムをベトナム語でまくしたてる。やさしそうな顔の支配人は、困惑した表情で聞いている。名門モーリンホテルからヘッドハンターされてきたそうだけど優しすぎるのでしょうか。スタッフの規律はさんざんですよね。この支配人、ミンさんとラ−ムさんの同級生ということで親しい間柄なんだそうですけど、ラ−ムさんの仕事に対する厳しさを垣間見ました。
子どもの家の事務所に荷物をおいてアルオイの少数民族の村にマイクロバスで出発。途中、ホーン川の渡しを渡る。
向こうにフェリーがあって、こちら岸に人と車が溜まるとのんびりとやってくる。ほとんど大きな鉄の筏と言う感じ。こんなんで大丈夫かなと思ったら、私達のマイクロバス、ジープ、トラック、乗用車、バイクそしてガヤガヤと50人位の人を乗せても沈みません。
無事に渡しを渡り、アルオイに向かって田舎道をこれから3時間ぐらいゴトゴトと登って行く。途中、小さな集落のそばで小休止したら、20人位の子どもの群れ。赤ちゃんから12、3歳ぐらい迄が、物珍しそうに寄ってくる。小さな子はスッポンッポンか、お尻丸出し。パンツをはいているのは、年長の子供達。小さな竹でできた農家が寄り添うように立っている砂っぽい乾燥した道を歓声をあげながら走り回っている。日本では、もうすっかり忘れ去られているなつかしい光景。
お尻が痛くなるぐらい揺られながら国境警備隊の守る検問所にたどりつく。ここで、不穏な集団と思われたら、村にはいけない。これから行くタ−オイ族の村は、人民軍の監視下におかれている。
ベトナムの急激な経済変貌は、山岳少数民族の生活基盤を侵す開発を伴い、生活基盤の焼き畑の土地を追われた彼らは、狭い土地に囲い込まれている。当然不満が高まり、このところ不安定な政情が続いている。政府は彼らの動きに神経を尖らせており、彼らの村に訪問する時は、必ず監視する人が同行する。
今回はフエから人民軍の将校と、アルオイからは警察署の副所長が同行する。
緊迫した周囲の動静とはうらはらに、村は穏やかに親しく私達を迎えてくれた。
バスを降りると軽快な太鼓のリズム。若い人たちが歓迎の為に、踊りたくなるようなリズムをきざんでくれる。ここの人たちは踊りと歌が好きで、大事な事をきめる時も歌でやりあうと小山氏の説明。
村の大きな高床の集会所でお互いの挨拶を交換する。歌と踊り。
何だか食べた事のないおおきな平べったい茶色いおもちやちまきみたいなもの。そして少し渋いけどとても強い椰子のお酒。一生懸命出してくれる。一生懸命食べる。私達が食べやすいようにちぎったり、皮をむいてくれたり。心ずかいの深さに感動する。
食べた後は外に出てめいめいで、交流。ダンスをしたりボールで遊んだりと。私は、手近な大人をつかまえて、手にタッチセラピーをする。それを見ていた子供達が興味を示して次々に手を出してくる。ここの人たちは自分で納得しないと受け入れてくれない。でも受け入れてくれたらとても信頼してくれると小山氏の言葉。第一段階は、パスした様子。そうこうしているうちに村を離れる時間となる。村びとと記念撮影。全部で250人位の小さな村。また来ます。きっとタッチセラピーが役に立つと思います。
どうやって空港についたのだろうか。フエに帰ったら荷物を持ってすぐ空港にいく。夜8時30分のホーチミン行きに飛び乗る。小山さん福田さんハンさんミンさんラ−ムさんお世話になりました。感謝。すべての日程を終えて無事
帰国できます。また9月に来ます。山岳少数民族の村にも入り、さらに一歩進められたらと思います。皆に支えられてここまできました。マブベの会の皆に感謝。
9月24日
9月7日に日本を発ち今回も一人でベトナムに行ってきました。一人といっても、これで八回目の訪問です。ちょっと心細いけど、なんとかなる
でしょう。8日にフエに入り、子どもの家とキムロン病院、それに平和村に行きました。
どこも何回も訪問しているので、やあまた来たねという暖かい笑顔で迎えてくれました。子どもの家ではタム医師を中心に寮母さんにタッチセラピーを教えました。すでにベテランの域にあるタム医師は、堂々たる先生ぶりを発揮しました。真剣に学ぶ寮母さん達。懸案であった、女の子に対するタッチセラピーは一歩前進したと思います。マブべえがおの会が新たに開発したタッチセラピーのための用具をタム医師と寮母さんに贈呈。タム医師は、とっても使いやすいと喜んでくれました。寮母さんたちが自分のからだをケアするために、温灸の使い方を教えました。前回の訪問の時、温灸の威力を知っているので、真剣です。
千年灸タイプの温灸を渡しましたが、簡単にできる反面コストの問題も出てきます。自分でひねるお灸を導入する方向でかんがえていきたいです。
キムロン病院では、アン医師と再会。すぐさまタッチセラピーをめぐる臨床応用の議論です。どうやら自律神経に作用するらしいと感じたアン医師は、さまざま
なケースを出して聞いてきます。
フエに多い、気候の急変に由来する体調の失調が、外来の7割に達するとの話を聞いているとタッチセラピーがここで出来ることは多いとおもわれます。
勿論、アン医師の所には、障害児が多く来ます。ここの特殊事情なのか、薬が強すぎるのではと思うこともあります。障害児の背中を見ると、腎臓や肝臓の位置あたりがどす黒く変色している子を多く見ます。血液検査をしながら適量を決めるようなことは、経済的にも難しいのでしょう。薬でバランスを崩しやすい子に
もタッチセラピーは有効だと思っております。
平和村は前回の訪問の時頼まれた、適応症のテキストを渡しました。ここには、重度の脳性麻痺や、癲癇による麻痺の子供達がリハビリをうけています。タッ
チセラピーをすると手足が暖かくなり、ほんのりと潤いが出てくることをスタッフ達と確認。少しずつタッチセラピーが浸透していることを感じました。
12日まで駆け足でこの3ケ所を回りました。行くたびに少しずつ浸透している手ごたえを感じます。小山道夫氏が、ここは何回も来なければ信用されませんよ
と言っていたことが良く判るようになってきました。回を重ねるごとに打ち解けて信用されるのをヒシヒシと感じます。
忙しい忙しいと言いながら、来年もやはりフエに行ってしまうとおもいます。それは、ベトナムが待っているだけでなく、自分が脱皮していくワクワク感がたま
らないのだと思います。
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